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物を作って生きていくための方法

戌年になりました。酉年の元旦に開業した於鳥制作所も、一周年です。於犬制作所になったりはせず、相変わらず頑張っていきたいと思います。本年もよろしくお願いいたします。

 

私は、物を作って生きていきたいというのを、子供のころからずっと言い続けていました。小学生の頃のクラス文集を紐解けば、「将来の夢:陶芸家」などと書いてあったはずです。そこから作るものの種類は変わっても、物を作ることはずっと続けてきました。理由としては、それが心地よい時間だから、というシンプルなものになります。

 

ただし、物を作って生きていくのは子供のころ思っていたほど簡単ではなかったなあ、と社会に出てみて身に染みたのでした。作ったものを受け取ってくれる人がいて、初めて生活は成り立ちます。そして、会社組織に所属してみると、作ったものが誰かの手に届くまでの間には、果てしなく困難な道のりがありました。

 

それはそうですよね。たくさんの人が制作に関わって、なるべくたくさんの人に届けようとする。考えられる組み合わせは無限通りあります。その無限の可能性のうち、最終的に出来上がるものがたった一つの現実です。各々が良かれと思って全力を尽くしますが、そのために必ずぶつかり合います。

 

そのぶつかり合いの中で、私は私をどう位置付けたらよいのかというのを、見失いました。それが、過去に私がゲーム業界を退職することになった理由です。ゲームは今でも大好きですが、大きな組織の中で私に何ができるのか、どうしたいのか、という答えが無かったわけです。ちょっと悲しい話ですが、まあそれはそれ。

 

 

「新卒でゲーム業界に潜り込み生き抜き成り上がる」という真っ赤な海を離れて無職となった私は、無色透明な水たまりの中を漂流しつつ、しばらくぼんやりすることにしました。とりあえず、生きていければいいや。アルバイトしたりフリーランスになったりしましたが、目標がない受動的な生活は2年ほど続きました。偶然流れ着いたいくつかの岸で、ひとつひとつ、自分にとって大切な物事を再発見していくような時間でした。

 

大きな発見は二つあります。一つはブライダル業界で、最終的なお客様と直接対面しながら当人のために何かを作る体験を重ね、それがとても心地よかったこと。もう一つは、ゲームメディアの取材編集に関わり、私が面白いと思うものを作る人はみな自分自身の信念に自覚的だなと気が付いたこと。

 

2017年の9月くらいから、私はこれからどうしたいのかということについて、頭を振り絞って考え続けて、11月にひとまずの結論が出ました。「企画は問題解決です」というのは、私の心の師匠であるゲームデザイナーの石川 淳一さんに教わり大切にしている言葉ですが、私は私が世界に対して感じる問題についてまず考え、その問題をどのように解決できるかを考えました。

 

私が世の中に対して抱える問題は「会社組織の中で物を作って生きていくのも、たった一人で物を作って生きていくのも、どっちもしんどすぎて無理。でも物を作って生きていきたい」ということでした。そして、これに対して考えうる解決策としては「会社より開かれていて流動的でありながら、一定規模を保って長く存続する物づくりコミュニティを自らつくり、管理人みたいな形でかかわりながら自分自身も物を作り続ける」ということです。部活動の顧問とか、学生寮の寮長みたいな、そんなイメージです。みんな入れ替わっていくけど、それを一歩外で眺めながら一人ひとりにきちんとかかわり続ける立ち位置。美味しいですね。

 

いきなりコミュニティを作ります、と言っても人間は集まりません。具体的に必要な条件がいくつもあります。適切な拠点が必要、妥当な規則と目的が必要、参加者にとっての利益が必要、私自身の人間的魅力が必要、盛り上がってくれる観客が必要です。すなわち、準備期間と結構な軍資金とそこそこの社会的成功が必要です。だから、5年後くらいに地元札幌で拠点となる事務所を作るというのがひとまずの中期目標です。

 

短期目標は、心地よい仕事を一つひとつ積み重ねて、きちんと自炊して、地道に実績と貯金を増やしていくことです。そう言っている間に鳴かず飛ばずの貧乏続きで人生が終わるかもしれないし、私がもっと賢かったらビジネスマン的にショートカットできる企みがいろいろあるのかと思いますが、そういうの好きじゃないからしょうがないや! 人生は、ゆっくり楽しめる速度で、行けるところまで歩いていきたいと思います。

 

もし良ければちょっとだけ期待して、今後を楽しみに眺めていてください。些細な関心の重なりの上に、面白い出来事は起こってくるのですから。